相変化材料を基盤材料とするアクティブ・ナノフォトニクス

カルコゲナイド相変化材料は非常に身近な材料です.多彩なカルコゲナイドの中で特にGeSbTe系が優れた性質を示し,光記録だけでなく不揮発性メモリ材料として使用されています.結晶相とアモルファス相間の光学的・電気的コントラストが大きく,レーザー加熱による結晶化時間が非常に短いことなどがその理由です.最近では結晶相とアモルファス相の特異的な構造により,高密度電子励起にともなう非熱的高速構造変化の可能性が示唆され,私たちはフェムト秒ポンプ・プローブ分光によってそれを実験的に示しました.通常の溶融・急冷による熱的相変化過程と比較して,単に高速であるだけでなく,より小さなフルエンスで相変化でき,そのようにして得られたアモルファス相は結晶化も高速になるという,デバイスに応用する上で有用な性質が得られています.

またこのようなフェムト秒相変化過程の観察を通して,サブ波長周期構造が自律的に形成されることを見出しました.空間的に一様な単ビームパルス光を照射しているにもかかわらず,光の波長以下の周期で結晶相とアモルファス相が交互にあらわれるという現象です.両相間の大きな光学コントラストがあってこその現象あることは自明ですが,形成メカニズムはまだ完全には解明できていません.

両相間の光学コントラストは,ナノ構造の光学応答の制御,変調,スイッチングにも有用です.プラズモン共鳴と組み合わせると,光で局所的に相変化を誘起し,それにともなって共鳴が変調されるという全光的ナノスイッチとして機能します.GeSbTe薄膜上の金ナノ粒子のスイッチング現象の観察に始まり,最近では,赤外域でのSiCのフォノン・ポラリトン共鳴を制御し,赤外共鳴吸収によるガスセンシングへの応用を目指しています.

光学コントラストによるスイッチングだけではなく,相変化にともなう体積変化を局所的な応力源とした物性制御にも取り組んでいます.量子ドットへ本技術を適用することにより,正負の任意の量の発光エネルギーシフトを実現しています.現在は,ナノワイヤに閉じ込められた量子ドットの発光偏光制御に取り組んでいます.これらの技術は量子暗号通信や光・電子融合デバイスへ将来応用が期待されています.

ナノ光学・流体工学による知的機能・自然知能の実装

上記の相変化材料を使ったスイッチング現象を拡張し,脳の機能を模倣したデバイスが作れないかと考えています.脳の中では神経細胞から伸びる手と足(軸索と樹状突起)がお互いにつながり,複雑なネットワークを形成しています.手と足の接点がシナプスとよばれ,記憶素子として機能します.また神経細胞はその発火過程に閾値性があり,演算素子としての役割を果たします.相変化材料がもつ可塑性(アモルファス相が安定)と相変化現象の閾値性,さらにナノ粒子群(相互作用するプラズモン粒子など)が形成するコヒーレントな光励起を組み合わせることにより,局所的な記憶・演算機能が空間的相関を形成し,グローバルに広義の計算をすることを期待するというのがシナリオです.

これを実現する要素技術の1つとして,マイクロキャビティへの光閉じ込めによる空間的相関形成(2・3次元電場分布)を相変化材料によってスペクトル上にコーディングし,そのフィードバックを通して自律的に最適な空間相関形成を促すといった研究に取り組んでいます.さらに,性質が大きく異なる2種類の相変化材料を組み合わせ,神経細胞の発火を模擬した2つの光パルスの時間差を相状態として記憶させることを試みています.これはSpike Timing Dependent Plasticityと呼ばれる脳の学習の根幹をなす機能の物理実装に相当します.

新しい研究の方向性として,既存の計算アルゴリズムを物理系に実装し,専用マシンとして高速化や省エネ化を実現する,あるいは実際の設計・動作を通して新しいアルゴリズムを発見することも目指しています.例えば,巡回セールスマン問題(組み合わせ最適化問題)のソルバーとしてスピングラス・マシンが注目されていますが,私たちは同等の問題を結合振動子系で解くことを考えています.より良い解を得るために,振動子間の結合の自律的調整という仕掛けを組み込んでおり,この機能を相変化材料によるプラズモン粒子間相互作用の制御で実現します.

もう1つの方向性としては,自然界に見られる知的な振る舞いや集団行動を,その機構が理解されている範囲で物理系に実装し,実際に動かすことによって,隠されていた本質的な相互作用やゆらぎを見出せればと考えています.例えば,水中でブラウン運動する粒子を使って,アリが餌までの最短経路を見つける過程を再現しようとしています.フェロモンの機能を相変化材料によって実装することがカギとなります.あるいは,ビーズでアンカーされたミクロな水滴が外周距離を最短(表面張力を最小)に保ちながら蒸発する現象を,巡回セールスマン問題の解探索に見立てた研究も行っています.

金ナノ粒子とナノポアを使ったDNAセンシング

痛くないインフルエンザ検査やガンの早期発見を万人が期待しています.最大の技術的課題は,ウイルスや腫瘍マーカー等の検出感度の向上です.再現性はもちろん,採血の微量化や検査の短時間化も実用上きわめて重要です.私たちは現在の検査方法が抱えるS/Nの限界や拡散律速による長い検査時間,煩雑な工程などの問題を一気に解決したいと考えています.

現在取り組んでいる検査方法の原理はきわめてシンプルです.まず,検出したい標的DNAと相補的な配列をもつDNAを金ナノ粒子で標識化しておきます.そこに標的DNAが存在すると,ハイブリダイゼーションにより金ナノ粒子二量体が形成されます.二量体の個数が標的DNA濃度に比例するので,目指すべき高感度化とは,大量の単体金ナノ粒子(直径40nm)の集団の中から,いかに少数の二量体をデジタルに数え上げることができるかを意味します(現在,単体粒子1000個に対し1個存在する二量体を見つけることができています).光学顕微鏡下にて,レーザ集光スポットをブラウン運動で通過する1つ1つの単体,二量体を観察対象とし,誤りなく両者を識別しながら二量体のみを計数します.識別にあたっては,散乱光強度だけでなく,二量体がもつ光学異方性と回転拡散運動の特徴も目印として活用しています.現時点ではシングルpM濃度の標的DNA検出を達成しています.このデジタル測定法は従来のアナログ計測におけるS/Nやドリフトの問題を解決するロバストな手法であり,さらには標的DNAの絶対量が少量の場合でも適用可能となります.

もう1つのDNA検出方法として取り組んでいるのが,ナノポアの活用です.ナノ厚のメンブレンにナノ直径の細孔(ポア)を開け,針孔に糸を通すように,DNAを通過させます.こちらは標的DNAの濃度を定量するのではなく,一分子を観察対象として,通過する順番に塩基配列を読み出す(シーケンシング)ことを究極のゴールとします.米国NIHの$1000ゲノム計画が端緒となって,欧米ではナノポアシーケンサ開発が非常に活発に進められています.現在の主流はナノポアを通して流れるイオン電流の変化(DNAによる遮蔽量)を信号として検出し,その変化量がポアを塞ぐ塩基ごとに若干異なることを原理とします.後発である私たちは先導するグループの手法と差別化するために,光学的な検出手法にこだわっています.屈折率の大きなシリコンのメンブレンを使用した場合,電界強度がポア出口にて約1nmで立ち上がることに着目し,ほぼ塩基間隔に近い光学的分解能の達成を目指しています.現時点では,この高分解能化と並行して,DNA通過過程の可視化とメカニズム解明,あるいは通過速度制御などをテーマとして研究を進めています.

またこの研究でも,相変化材料と組み合わせることにより,新たな展開を期待しています.ナノポア・メンブンレンを相変化材料で被覆すると,相変化にともなう電気的特性の変化により,ナノ物体とメンブレンとの相互作用や印加電界分布が大きく変調できます.これによりナノポアの通過効率の制御やメモリ効果の付与が可能となります.